米国を中心に、今、静かな解雇という用語が注目されています。
日本では馴染みのない方も多いと思いますが、この静かな解雇という用語が注目されている事情を理解しておく事は、海外と繋がっている日本でも有益と思われます。
まず、静かな解雇(quiet firing)とは何か。
静かな解雇という用語の意味を一言で説明すると、
「自然に会社を辞めるような状況を作り出す事で、従業員に辞めてもらう事」
となります。
すなわち、静かな解雇では、正式に解雇通知を行う事なく、従業員を会社から追い出す訳です。
では、なぜ、企業は正式な解雇ではなく、静かな解雇という手段を選ぶのでしょうか。
それは、
・労働者が自分から辞めてくれた方が、コスト(手間を含む)がかからない
・「従業員を解雇する企業」という印象を外部から持たれたくない
などと考える企業が存在する為です。
それでは、具体的に、静かな解雇が行わる際、どのような変化が従業員(の環境)に起きるのでしょうか。
一般的には、対象者に対して、以下のような状況が生み出されていると、静かな解雇が疑われると考えられています。
・給与面での待遇悪化(給与が予想外に下がった、給与がずっと上がらない、など)
・社内での今後のキャリアが見えなくなる(昇進・昇格がなぜか遅れる、キャリアに関するアドバイスが会社から受けられない、など)
・仕事の内容が異常に増加する(または異常に減少する)
・勤務時間やシフトが変更されて働きづらくなる
・希望していない転勤(転居)を命じられる
・仕事内容がやりがいのないものに変更になる
・社内で孤立する(同僚のいない部屋に移動になる、プロジェクトに呼ばれなくなる、など)
・仕事で必要な情報が入ってこなくなる(メールが届かなくなる、など)
・社内コミュニケーションのレベルが異常に減少する(会議に呼ばれなくなる、上司とのコミュニケーションが極端に減少する、など)
これらが代表例ですが、従業員自身が「会社に居づらい」と感じるような環境の変化であれば、それらは全て、静かな解雇に向けた変化である可能性があります。
もっとも、前述の静かな解雇に向けた動きを読んで、「そのような状況、日本では前からあるのでは?」と思われた方もいらっしゃる事でしょう。
その推測は間違っていません。
日本では、過去、「会社が従業員を解雇する難易度は高い」と考えられてきました。
この為、日本では、「辞めさせたい従業員が自分から辞めざるをえない環境を作り出す」という事が、以前から行われてきました(一部の企業によって)。
この為、日本では、過去、そのような報道を目にする事が少なくなかったのです(例えば、「リストラ部屋」や「追い出し部屋」といった環境は、静かな退職に該当する可能性が高いでしょう)。
次に、今、海外(特に米国)で静かな解雇が注目されている理由について。
いくつかの理由が挙げられますが、まず、「米国では、これまで、静かな解雇のような解雇の方法が注目されてこなかった」という理由が挙げられます。
この理由を理解する為には、日本と海外(米国)の労働環境を取り巻く環境の差を理解する必要があります。
米国では、一般的に、「従業員を解雇するのは容易」と考えられてきました。
この為、米国では、これまで、解雇したい従業員がいるのであれば、「そんな回りくどい事をしなくても、普通に解雇すれば良いではないか」と考える人が多かったのです。
この為、「静かな解雇が行われている」という現実に、日本以上に敏感に反応している、という面があるのです。
また、「静かな退職と関連付けられる」という理由も挙げられます。
昨今、従業員の間では、「静かな退職」が普及しました。
その対策として、静かな解雇が行われている、と考える人が少なくないのです。
※静かな退職については、別途、解説記事があります(記事末にリンクあり)。
静かな退職を実践している労働者は「あまり意欲的に仕事したくないが、会社は辞めたくはない」と考えています。
そのような労働者は「会社にしがみつきたい」という意思が強い為、そのような社員を穏便に辞めさせる為に、「静かな解雇を行っている会社がある」とも考えられているのです。
更に、コロナ渦でリモートワークが普及した結果、「職場を取り巻く状況が大きく変わった」という事情が関係していると考え、注目している人もいます。
米国では、コロナ渦において、労働環境が大きく変わり(大規模なリストラ、在宅勤務の普及など)、労働者に対するケア体制が維持出来なくなった企業が多く存在します。
そのような理由から、「(会社側が意図している訳でもないのに)働きづらい環境が生み出されている」というケースがあり、会社が意図して行っている「静かな退職に向けての動き」を見分けるのが難しくなっているのです。
もし、会社が静かな解雇を行っている(会社に居づらい状況を故意に発生させている)のであれば、自分から辞めなかったとしても、近いうちに、正式に解雇が言い渡される可能性があります。
ですから、従業員は、「自分は解雇されようとしているのか」という事を正しく分析したいと考えます。
※実際、メタ社では一部の社員に対して無理な指示(短期間に社内の異動先を見つけるように指示)を出し、しばらくしてから正式に大規模なリストラを行ったと報道されています。
しかし、静かな退職の場合、会社は「貴方を解雇しますよ」という事を隠して解雇に向けた動きを進めます。
労働者側としては疑心暗鬼にならざるを得ない面があるのです。
以上が、静かな解雇が注目されている理由です。
そして、この静かな解雇は、労働者市場における大きな変化を象徴していると考える人もいます。
コロナ終息後は世界的に労働者不足の状況が発生した為、静かな解雇を考える企業は少なかったはずなのです。
それにも関わらず、今、静かな退職が注目されている(従業員の誤解のケースもありますが、実際に、静かな退職を研究し、また、実践している企業は存在する)という事は、「そのような労働者市場における労働者優位の状況(売り手優位)は変わりつつあるのではないか」とも考えられるのです。
このような点からは、日本においても、このトレンドは要注目であるように思います。
※静かな退職については、こちらをお読み下さい。