「定年は何歳だと思いますか?」という質問に、皆さまなら、どのように回答されますでしょうか。
自分の勤務先の定年であれば、回答できる方も多いかもしれません。
しかし、「一般的な日本の定年の年齢」を質問された場合であれば、いかがでしょうか。
意外と難しいはずです。
それもそのはず。実は、日本の定年年齢は時代と共に変わってきました。
そして、政府の思惑もあって、今、かなりややこしい事になっているのです。
ですから、今日は、日本の定年年齢の変化の歴史(+今後の予想)について取り上げさせて頂きたいと思います。
さて、冒頭の質問(定年の年齢を尋ねる質問)についてですが、少し前だと、「普通、60才でしょ?」と回答される方が多かったかもしれません。
しかし、定年60歳が当たり前の時代は、それほど昔からではありません。そして、今、そのような回答は適切とは言い難いものになりました。
ここからは、定年を取り巻く環境の変化(歴史)を見ていきましょう。
まず、1998年より前には、定年は55才(または、もっと早い時期)という時代がありました。
そして、男女で定年が違う事すら珍しくありませんでした(女性は寿退社(結婚したら退職する)するのが当然、と考える人が多かった時代もあったのです)。
それが、1998年には、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)の改正により、定年が60歳になりました(努力目標になったのは1986年)。
そして、2006年には、企業が定年を単純に60歳と設定する事は違法となりました(努力義務になったのは2000年)。
企業は、以下の3つのうち、いずれかの定年に関する対応(高年齢者雇用確保措置)が義務付けられたのです。
・定年制を廃止する
・定年を65歳まで引き上げる
・定年になった人を65歳まで継続雇用する
※継続雇用の場合の年齢と対象は徐々に引き上げ・拡大される事になります。
この辺りから、定年を何歳と考えるかが、ややこしくなります。
企業によって方針が違いますし、再雇用の始まる年齢を定年と考えるのか、再雇用が終わる年齢を定年と考えるのかによって、定年の年齢が変わるからです。
ただ、企業に勤めている人は、少なくとも65歳までは勤務が続く事になります。
この為、この時代の定年は、一応、65歳であると言えるでしょう。
※厳密には、経過措置の対象者の場合には、65歳未満で勤務が終了する事もあります。
しかし、この時代は長く続きません。
2021年になると、企業は、更に、以下の方針のうち、いずれかの定年に関する対応(高年齢者就業確保措置)を講ずる努力が義務付けられました。
・定年制を廃止する(従来通り、この方針を選択する事も可能)
・定年を70歳まで引き上げる
・定年になった人が70歳まで雇用されるようにする(他の事業主による雇用可)
・定年になった人と70歳まで業務委託契約を締結する制度をつくる(創業支援等措置)
・定年になった人が70歳まで社会貢献事業に従事できる制度をつくる
この変更により、定年は更にややこしくなります。
なぜならば、定年が65歳に伸びた時は、「少なくとも、65歳までは勤務が続く」という基本的な土台があったのですが、今回の変更で企業に求められているのは「努力義務(努力すれば良いだけで、守る義務はない)」です。
おまけに、社員の独立を支援したりする方針でも良い訳ですから、65歳以降、企業での勤務が続くとも限りません。
法律的には、今、この状態で、現在に至っています。
ですから、「定年は何歳か?」という質問に対しては、
・定年が60歳より早い事はない。
・ただし、勤務先で65歳までは働き続ける事が出来るはずなので、勤務先で働けなくなる年齢を定年と考えるのであれば、65歳と考える事も出来る。
・そして、70歳までは何らかの収入が得られるように勤務先が関与するべきなので、勤務先が関与して働き続ける年齢を定年と考えるのであれば、70歳と考える事も出来る。
という事になります。
かなり長ったらしい回答ですが、正確に回答しようとすると、このような回答になってしまうのです。
※この回答、後で更に少し追加します。
では、なぜ、定年は延び続けているのでしょうか。
身も蓋もない事を言ってしまえば、
「政府が、労働者に、長く働き続けてくれる事を望んでいるから」
です。
では、それはなぜか。
実は、
「年金を出す年齢を遅らせたいから」
なのです(他の理由を挙げる人もいます)。
実は、定年の引き上げと、年金受給には密接な関係があります。
定年で仕事を辞めた人は、その後、年金(老齢年金)で生活をする事になります(他に収入があれば別です)。
しかし、長寿化などの事情もあり、実は、年金が受給できる年齢は引き上げられてきています。
昔は、60歳で年金が出ましたが、これから定年を迎える人には、原則としては、65歳からしか出ません(生年月日と性別によって、年金の受給が始まる年齢は細かく設定されています)。
年金が65歳からしか出ないのに、60歳で雇用が終わってしまっては不味い訳です。
だから、企業に対しては、「少なくとも65歳までは雇用してくれ」という事になっているのです。
では、努力義務ではありますが、70歳という年齢は、どういう意味を持つのでしょうか。
今のところ、65歳から年金は出ます。
ですから、70歳まで、どうしても働いてもらわないといけない理由はないはずです。
しかし、年金に詳しい人は、もう、お気づきかもしれません。
実は、70歳というのは、長い間、「年金受給開始を繰り下げる事の出来る限度年齢」だったのです。
ですから、政府は明確には言っていませんが、
「勤務先からの収入が70歳まであれば、それまでは、年金を受給せずにいてくれるのではないか」
という事なのかもしれません。
※ちなみに、65歳以上の勤務によって、収入が一定以上あると、繰り下げをした間の年金の一部は、永久に貰えません(後から貰える、という理解は間違いです)。
そして、実は、2022年からは、この年金の繰り下げ出来る年齢の限度が75歳に伸びました。
それを踏まえると、政府の本音としては、
「企業に義務付けは出来ないけれども、75歳までは働いて欲しい」
という事なのかもしれません。
ちなみに、諸外国でも、年金の受給開始年齢の引き上げは進んでおり、既に65歳より遅い受給開始年齢を設定している国も少なくありません。
例えば、オランダやアメリカは66歳ですし、アイルランドは67歳です。そして、多くの国で、更に年金受給開始は引き上げられる予定です。
これらの流れを踏まえると、日本でも、年金の受給開始が更に遅くなる日は、意外と早く来るのかもしれません。
そして、その場合、雇用が更に長く続くような制度になっていく事は、ほぼ間違いないでしょう。
ですから、前述の、定年についての回答については、
・更に定年の年齢は上がる可能性がある。
という一文を追加しておいた方が良さそうなのです。
さて、ここまでが定年の年齢についてでした。
ここで、関連するトピックスとして、「早期リタイア」についても、少し取り上げておこうと思います。
以前は、「早期リタイアを目指す」というと、「かなり変わった人」という印象を持たれる事が多かったように思います。
しかし、前述の通り、今、定年の年齢は上昇を続けており、年金が受給される年齢も65歳以降となってしまいました。
もちろん、年金を繰り上げ受給する手もあるのですが、実際には、その逆で、繰り下げによる割り増しをしないと、年金が十分な金額にならない方が多くいらっしゃいます。
そして、そのような方にとっては、今でも、現実的な年金受給開始は70歳以降というケースが少なくないのです。
では、そのような方にとっての早期リタイアとは、何歳での引退なのでしょうか。
実は、60歳や65歳での引退であったりするのです。
そう、多くの方が、「自然に引退できる年齢」と認識されている年齢です。
ですから、
「昔なら当たり前であった、60歳や65歳での定年退職(リタイア)ですら、当たり前には出来ない時代になりつつある」
とも言えるのです。
このような時代の変化を、「長寿化が進み、元気な年寄りも増えているのだから、当たり前だ」と考えるか、「長く働くか、または、早期リタイアの準備をしないといけないなんて、酷い時代になった」と考えるか。
かなり意見は割れるような気がします。
皆さまは、どのようにお感じでしょうか。