最低賃金の引き上げのニュースが今年も出始めました。
多くの方は、「自分には関係ない話」と思われているかもしれません。
しかし、この「最低賃金の引き上げ」、実は、まわりまわって、最低賃金で働いていない多くの人にも影響があるかもしれないニュースなのです。それを知って頂く為、今回は、経営者のコソコソ話というかたちで、経営の裏側を少しだけ紹介させて頂きます。
最低賃金の引き上げで期待される影響
ご存じの方も多いと思いますが、まず、最低賃金を引き上げたい人が考えている、「最低賃金を引き上げる事によって発生する『理想の流れ(期待される影響)』」を確認しておきましょう。
日本には、最低賃金で働いている人が相当数、存在する
→ 最低賃金を引き上げれば、その人たちの給与が上がる(経営者は上げざるを得ない)
→ 給与が上がった人が、今まで以上にお金を使うようになる
→ 日本の景気が良くなる
→ 企業も儲かる
→ 企業も、給与を引き上げたことによる費用アップ分以上に儲かるようになる
という影響です。
この流れがうまく実現されれば、素晴らしい事ではありますね。
少しだけ応用編としては、「物価も上がる」といった効果も期待されていると言えるでしょう(これは、日本政府が目指している事の一つですが、その目的については、今回は省略します)。
少し嫌らしい点としては、選挙対策といった観点もあるかもしれません。
最低賃金の基本
最低賃金とは何か
具体的な話に入る前に、労務を勉強された経験のない方の為に、最低賃金の基礎の基礎について少し。
最低賃金とは、言うまでも無く、「労働者を働かせる時に、雇った側が最低限、支払わなければならない金額」であり、最低賃金法で定められています。
そして、これは、「時給」で定められており、かつ、「地域(都道府県単位)」と「業種(正確には産業単位、そして設定がない業種もあります)」ごとに定められています。
地域ごとの差についてはニュースでも取り上げられるのでご存じかもしれませんが、業種ごとの設定については、ご存じない方も多いかもしれません。
もっとも、地域ごとに設定されている金額が上がってきた事もあり、業種ごとの定めに意味のあるケースは減ってきているのが実情です。
意図せず最低賃金を割ってしまう落とし穴
なお、最低賃金が「時給」で決まっているという点も、実務的にはポイントで、そのせいで、故意ではないのに、「最低賃金未満で雇用してしまった」という事故が少なからず起きています。
皆さまも、月給で働かれている方は、実は、ご自身の「時給」、ご存じないのではないでしょうか。労務に弱い企業だと、経営側でも事情は同じだったりするのです。
ですから、特に、給与査定で「月給で来月からは○円ダウン」という事が決まった場合など、良く計算してみると、時給で最低賃金を割っているのに、それに労使ともに(経営者も労働者も)気づかなかった、といった事があり得るのです。
その他、見た目は最低賃金を上回っているアルバイトの募集でも、実は、深夜や休日の賃金割り増し分を抜くと、最低賃金を割り込んでいたり、など、色々と注意点はあったりします。
もし、経営者の方で、これを読んで不安になられた方は、自社が問題ないかどうか、社労士などにご確認下さい(顧問がいらっしゃらない場合は、当社にお問い合わせ頂いても構いませんが…)。万一、最低賃金の違反をしていると、結構、ペナルティは痛いですよ。
さて、前置きが長くなってしまいました。
最低賃金の引き上げによる影響の実態
最低賃金引き上げで期待される経営側の会話
ここからが本題です。
最低賃金の引き上げが発表されると、経営者は、自社の従業員の給与をチェックします。そして、ひっかかる(新しい最低賃金未満で雇っている)従業員の給与を上げる準備を始めます。
前述の最低賃金引き上げの理想を前提とすると、こんな会話が社内で行われるべきなのでしょうか。
社長「最低賃金引き上げで、人件費が○円ほど上がるね。」
労務担当「その通りです。給与が上がって、社員のモチベーションも上がる事でしょう。」
財務担当「人件費が上がる分、来年度の利益計画は○円ほど下方修正しておきましょう。これで景気が良くなって、数年後の当社の業績は、きっと、今の予想より上方修正される事になるでしょう。」
うん。素晴らしいですね。
しかし、これを読んでいて、違和感を感じた方、いらっしゃいますね?
はい、貴方が正解かもしれません。
最低賃金引き上げを実行する経営者のコソコソ話
そもそも、労働者の気持ちになって考えてみれば、最低賃金が引き上げられたら、経営者が喜んで自社の対象者の給与を引き上げてくれるのであれば、最初から、給与を上げておいて欲しいものです。
という事は、やはり、先ほどの会話が素直に成立する職場は残念ながら少ないと言えるでしょう。
すなわち、実際は、
労務担当「社長、最低賃金が上がりました。当社の該当する社員の給与も上げないといけません。」
社長「困ったな。何とかならないのか。」
労務担当「上げないと大変な事になります。避けられません。」
社長「うーん。対策を考えないと…」
というような雰囲気で検討が進んでしまう職場が少なくないという事でしょう。
その結果どうなるか。
ここからは、皆さまご自身が影響を感じて頂けるように、様々なパターンをご覧頂きます(会話は創作ですが、検討の方向性は、創作とは言えないものばかりです)。
ぜひ、それぞれのパターンで、どういった関係者(社員)であれば、最低賃金が引き上げられて「得をしているか」「損を被っていそうか」を考えながら、お読み下さい。
ちなみに、読んでいて面白くない例が続きますが、こうした検討方針が良いと私が思っている訳ではありませんよ。念のため。
パターン①:人数カット
社長「困った。このままでは、最低賃金引き上げで、人件費が○円ほど上がってしまう。」
財務担当「困ります。利益計画は、ギリギリの所で利害関係者の承認を得ています。変更は許されません。」
労務担当「仕方ありません。業務を手伝ってくれているアルバイトやパートの人数を減らして、総人件費は変えないようにします。」
社長「そうだな。社員一人あたりの仕事量は増える事になるが、仕方ない。」
ありがちですね。ちなみに、これは、不景気時にも良く行われた会話です。
もっとも、カット出来るアルバイトやパートが既にいない会社も少なくありません。
パターン②:その他の経費カット
社長「このままでは、人件費が○円ほど上がってしまう。経費が増えない方法を考えてくれ。」
労務担当・財務担当「仕方ありません。福利厚生の水準を落としましょう。具体的には、社員に無料で提供している○○を止めましょう。あと、教育訓練も一部中止しましょう。」
働いている側からすれば、嫌な話ですね。でも、いつの間にか、福利厚生の水準が落ちている会社、意外に多い気はします。
なお、研修費用などが削られると、社員の能力(成長)に影響が出ます。これは、間接的に、社員の将来の収入に影響が出る可能性があります。
パターン③:ノルマアップ
社長「このままでは、人件費が○円ほど上がってしまう。」
労務担当「もう、人件費はギリギリです。減らせません。」
財務担当「人件費アップは仕方ないかもしれませんが、利益ダウンは困ります。」
営業担当「仕方ありません。社員の営業ノルマを増やしましょう。」
よほど考えないと、ノルマだけ増やしても成功する事は少ないのですが、これもありがちな流れですね。
ちなみに、百戦錬磨の社長だと、ノルマ増が失敗しても構わないと割り切っている場合もあります(その理由は、ここでは触れません)。
パターン④:最低賃金が関係ない人の給与調整
社長「このままでは、人件費が○円ほど上がってしまう。」
財務担当「困ります。」
労務担当「最低賃金が関係ない人件費を落とすしか方法が思いつきません。」
財務担当「経費アップで、実際に業績(利益)がダウンしますからね。無理に調整しようとしなくても、結果、賞与や業績連動給が下がって、そういう結果に落ち着くことになるでしょう。出来れば、業績が予想以上に良くなって、そうした結果にならないと良いのですが。」
何ともコメントし辛いケースですね。
繰り返しますが、あくまで、こうした流れが良いと私が思っている訳ではありませんので。
最低賃金の引き上げの影響で得をする人・損をする人
細かい過程や理屈はともかく、かなりリアルに感じて頂けた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ここで確認しておいて頂きたい事は、別に経営者が一方的に悪い訳ではないという事です。業績(利益)だけは死守したいと思っている経営者は多いですし、それは仕方の無いことです。
特に、日本企業は、これまで、毎年の人件費アップに苦しめられてきています(例えば、会社が負担する社会保険料は、毎年、引き上げが行われてきました)。この点は、従業員側の視点では見えづらい所かもしれませんが、給与を上げなくても、経営者は前年と同水準の業績を維持する為に四苦八苦しているのです。
こうした結果、余裕を無くしている会社は少なくありません。そして、こうした会社においては、前述のような流れで対策が検討され、最低賃金で働いていない従業員が悪影響を受けてしまうような対策が取られてしまうのは、ある程度、仕方がない事なのかもしれません。
ただ、最低賃金が引き上げられた場合には、給与が上がって単純にメリットを受ける方々も、もちろん、いらっしゃいます。また、給与こそ上がらないものの、デメリットを受けない方々もいらっしゃいます。
このブログをきっかけに、そういった点について、色々と考えたり、想像してみて頂けると、ご自身のキャリアプランの参考にして頂けるかもしれません。