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協会けんぽから5000人規模の脱退!残された側の負担は増加する?

Cスタートアップ健康保険組合 VCスタートアップ健保

新しい健康保険組合が設立される予定である、という情報が入ってきました。

その健康保険組合の名前は「VCスタートアップ健康保険組合」。

スタートアップ企業で働く人達を組合員とした健康保険組合で、2024年に設立が完了する予定です。

設立時の被保険者数は5000人以上になる予定。

しかし、このVCスタートアップ健康保険組合の設立、実は制度上の大きな問題を抱えているようにも思うのです。

そして、今後、このような動きが相次ぐのであれば、「健康保険組合の設立」という仕組み自体を見直した方が良いようにすら思います。

今日は、このVCスタートアップ健康保険組合の設立について取り上げます。


ご存じの方も多いと思いますが、原則、日本では、全ての人が何らかの健康保険制度に加入します。

会社員は、原則として、全国健康保険協会(協会けんぽ)に加入する事になるのですが、自分達で健康保険を運営したい場合には、一定の条件を満たすと、独自の健康保険組合を立ち上げる事が可能になっています。

実際、その制度を活用して、これまで、多くの健康保険組合が設立されてきました。

しかし、設立された健康保険組合の運営も楽ではなく、最近は、健康保険組合の解散が相次いでいました(解散した場合、その後は協会けんぽに加入するのが一般的です)。

そんな中、「新規に健康保険組合が設立される」という話なのです。


では、VCスタートアップ健康保険組合の設立の何が問題なのか。

一言で言えば、「協会けんぽから、抜けて欲しくない人達が抜けてしまう」という事なのです。

健康保険は、通常の保険と同じように、被保険者から保険料を出してもらい、給付を行います。

給付については、全員が同じように受けられますが、年齢が高くなるほど、必要となる給付は多くなる事が一般的です。

保険料は支払う人の収入によって変動します。もちろん、収入が多い人の方が、支払う保険料は高くなります(上限あり)。

この為、基本的には、「年齢が低い人・収入が多い人」から多めにお金を集め、「年齢が高い人・収入が少ない人」に多めに給付をする、という構造になります。

これは仕方のない事であり、バランスが狂うと財政が悪化(最悪、破綻)してしまします。


そして、今回のVCスタートアップ健康保険組合の設立では、この協会けんぽの財政に貢献してくれている「年齢が低い人・収入が多い人」が、協会けんぽから多く抜けてしまう可能性が高いのです。

これは、協会けんぽの財政にはマイナスです。


逆に、新しく設立されたVCスタートアップ健康保険組合の財政状態は、協会けんぽと比較して優良となる可能性が高い為、保険料を低くしたり、独自の給付を行ったりする事も可能となります。

実際、「VCスタートアップ健康保険組合は、(協会けんぽと比べて)保険料を1.5%程度下げる事が出来る可能性がある」という報道まであります。

VCスタートアップ健康保険組合に加入できるような人達からすれば、これまで、割に合わない支出を行ってきた訳ですから(しかし、保険制度というのは、そういうものです)、「VCスタートアップ健康保険組合を設立する」という考え方は、非常に合理的です。

しかし、残された協会けんぽ側としては、たまったものではありません。

これまで以上に財政状態が悪化する事が予想されますし、結果、保険料アップなどに繋がる可能性もあります。

ちなみに、協会けんぽの財政状態は現在でもよろしくありません。国からの巨額の補助金投入で成り立っています。

その財政状態が、更に悪化してしまうのです。


もちろん、制度上、認められている訳ですから、VCスタートアップ健康保険組合の設立を決めた関係者に非はありません。

むしろ、その事によって、スタートアップ企業の労働条件が改善し、優秀な人材を集めやすくなるかもしれません。

日本の将来にも良い影響が出る可能性もあります。

その一方、保険制度という視点だけでみれば、やはり、問題だとも思うのです。

協会けんぽの保険料が上がるにせよ、財政悪化を補填する為に国からの補助金を増やす事になるにせよ、多くの人の負担が増す訳ですから。


過去には、保険組合の財政状態に問題のない時代もありました。

そのような時代においては、「独自の健康保険組合を設立できる」という制度に問題はなかったでしょう(むしろ、独自に運営してくれた方が、国の負担も軽減される)。

しかし、その時代に作られた制度のまま、今後も制度の運用を続けて良いのかどうか。

健康保険制度の維持すら危ぶまれるような状態になっている事を踏まえれば、「保険」という制度の基本に立ち返り、少なくとも、基本的な部分については、「会社員全体で負担を分担する」という制度に移行する事を考えた方が良いようにも思います。

もちろん、独自の保険組合を運営したい人の為に、他の会社員に負担をかけない範囲であれば、独自の運営が出来るような仕組みは維持すべきかもしれません。

例えば、基本の保険料部分については、独自の健康保険組合に所属しているかどうかに関わらず、全会社員を共通とする。

しかし、追加で保険料を徴収したり、運用で財政を潤す事の出来た場合には、独自の上乗せサービスを許容する、など(年金については、既にそのような考え方が導入されています)。

今回のVCスタートアップ健康保険組合の設立は、このような事を考える良い機会にすべきなのではないでしょうか。