ビジネスコンサルティングの現場から

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インボイス対応(課税事業者への変更要請)を断る為の交渉テクニック

消費税 インボイス 適格請求書発行事業者

消費税の適格請求書保存方式(インボイス制度)の制度開始が近づいてきました。

さすがに、「インボイス制度ってなに?」というような質問を受ける事は減ってきましたが、「インボイス制度に、どう対応するのか?」という事で頭を悩ませている方は未だ多いように思います。

その中でも、特に、

これまで免税事業者でやってきたが、取引先からインボイス対応として、適格請求書発行事業者としての登録を迫られ、困っている

という声を聞く事が増えました。

しかし、具体的に話を聞いてみると、

交渉次第で、実は、適格請求書発行事業者にならなくても大丈夫なのでは?課税事業者への変更要請を断れるのでは?)」

と分析できるケースも少なくないのです。

この為、今日は、

「(インボイス制度への対応として)取引先から適格請求書発行事業者としての登録(課税事業者への変更要請)を迫られている場合に、それを断る為の交渉テクニック課税事業者にならず、今後も免税事業者を継続する為の交渉テクニック)」

をご紹介したいと思います。


さて、具体的なテクニックについてご紹介する前に、まず、「なぜ、取引先から、適格請求書発行事業者としての登録を迫られる事があるのか?」という点について、簡単に確認しておきましょう。

消費税は、本来、消費者が負担するものですので、事業者が負担する必要はありません。

事業者にとって、消費税は、預かったり、相手に預かってもらったりするだけのものです(例外あり)。

ですから、仕入相手に支払った消費税分(経費の支払い分を含む)の金額は、原則、後から返して貰えます(厳密には、売上先から預かった消費税と相殺するようなかたちで申告するのが原則です)。

※この返して貰う消費税を計算する際に必要な処理を、仕入税額控除といいます。

しかし、2023年10月以降、原則、その取引に関する適格請求書(インボイス)がないと、支払った消費税が返して貰えなくなります。

すなわち、適格請求書(インボイス)が貰えない仕入をしてしまうと、その仕入に関する消費税分は自己負担となり、実質的な負担増となってしまうのです。

そして、適格請求書(インボイス)は、課税事業者である適格請求書発行事業者にしか発行出来ません。

この為、取引先(の一部)は、自己負担が増える事を避ける為、貴方に適格請求書発行事業者としての登録を求めてくるのです。

※貴方が、これまで免税事業者であった場合(消費税の納付義務がなかった場合)、本来は税務署に納めなければならなかった消費税を自分のものする事が出来ました。しかし、適格請求書発行事業者になると、それが出来なくなります。この為、負担増となる事が一般的です。


さて、ここからが取引先に適格請求書発行事業者としての登録を要望された場合に、それを断る為のテクニックです。

前述の通り、取引先が貴方に適格請求書発行事業者への登録を求めてくるのは、貴方との取引において、適格請求書(インボイス)が必要となる為です(ないと自分の負担が増える)。

しかし、実は、その取引先は適格請求書(インボイス)を必要としていないケースもあるのです。

すなわち、適格請求書(インボイス)がなくても、取引先は仕入にかかった消費税を自分では負担しなくても良いケースがあるのです。

ですから、まず、そのようなケースでは、相手が適格請求書(インボイス)を必要としていない事を説明する事で、貴方は適格請求書発行事業者にならなくても問題なく取引を続けて貰える場合があります。


代表的なものとしては、以下のようなケースが存在します。


①相手が今後も免税事業者である場合

そもそも、免税事業者は支払った消費税を返して貰えない(仕入税額控除出来ない)ので、適格請求書(インボイス)は必要ありません。

ちなみに、消費者のみを相手に商売しているような事業者は、今後も免税事業者を継続する確立が高いと考えられています。


②相手が消費税の申告(計算)において、簡易課税制度を採用している場合

簡易課税制度を採用している場合、消費税の申告において、具体的な仕入額の把握は必要ありません。

この為、適格請求書(インボイス)も必要ありません。

なお、小規模な課税事業者の場合、簡易課税制度を採用しているケースは多いです。


③相手が消費税の申告(計算)において、2割特例を採用する予定の場合

2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)は、今回のインボイス制度導入に伴って課税事業者になる事業者の負担を軽減させる為に導入されました。

この制度は、簡易課税制度の一種のような制度です。

この為、この制度を活用する場合にも、消費税の申告において、具体的な仕入額の把握は必要ありません。

ですから、この制度を利用する場合、適格請求書(インボイス)は必要ありません。

なお、この制度はかなり魅力的(計算も簡単ですし、多くの事業者にとって金額的にも得)ですので、多くの事業者が採用する事が予想されています。

ただし、この2割特例は、今回のインボイス制度開始にともなって適格請求書発行事業者になる事業者しか利用できず、また、2026年9月30日までの日の属する課税期間までしか使えない制度である事には注意が必要です(その他、事業者側の売上規模などによる制限もあります)。


④相手との取引が1万円以下である場合

少額特例(一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減を図るための措置)という特例が出来た為、取引金額が1万円以下(一回あたり)の場合には、適格請求書(インボイス)がなくても適格請求書(インボイス)がある場合と同様の処理が出来る事になりました。

この為、相手との取引が1回1万円以下の場合には、適格請求書(インボイス)は必要ありません。

ただし、この特例は2026年9月30日までしか使えない特例であり、また、事業者側の売上規模などによる制限もあります。


これらが、「相手が全く適格請求書(インボイス)を必要としない(適格請求書(インボイス)がなくても相手の負担が全くない)」場合です。

もし、貴方に適格請求書発行事業者としての登録を求めている相手が、これらの条件に合致していた場合には、「貴方は適格請求書(インボイス)を必要としていないはずだから、私は適格請求書発行事業者にならなくても良いはずだ」と交渉すれば良いでしょう。


では、これらの条件すべてに当てはまらない場合には、どうすれば良いのでしょうか。

残念ながら、そのようなケースで貴方が適格請求書発行事業者にならない場合には、「相手への負担が発生する可能性は高い」と言えますので、交渉の難易度は上がります。

ただし、今回のインボイス制度導入にあたっては、経過措置が設けられていますので、貴方は、「(自分が適格請求書発行事業者にならなかったとしても)自分との仕入金額に関する消費税全てが損する訳ではないので、取引を継続して欲しい」と交渉する事は可能です。

その経過措置とは、次のようなものです。


⑤経過措置(80%、50%)

適格請求書(インボイス)がないと、その仕入に関する消費税は全額返って来ない(自己負担)のが原則です。

しかし、「適格請求書(インボイス)がない仕入であっても、金額の80%(2026年9月30日まで)や50%分(2029年9月30日まで)までは従来通りの取り扱いができる(消費税を自己負担しなくても良い)」という経過措置が設けられています(条件あり)。

ですから、この制度を丁寧に説明する事で、適格請求書発行事業者にならなくても取引を継続してくれるように交渉する事は可能でしょう。

もっとも、相手に一定の負担は発生してしまう訳ですから、「そのくらいの負担はしてでも、貴方と取引を継続したい」と相手に思って貰えるような関係でないと、交渉は難しいかもしれません。

または、相手が実際に負担する事になる金額程度のメリットを追加で相手に提供する事を検討すべきかもしれません。


以上が、適格請求書発行事業者としての登録(課税事業者への変更要請)を断る為の交渉に使える「消費税の仕組み」に関する紹介でした。

基本的には、ここまでの内容を活用して相手を説得して頂きたいのですが、それでもダメだった場合には、最終手段として、以下の内容を活用する事も検討できます。


⑥法律(独占禁止法上や下請法)への配慮

公正取引委員会は、「取引先の免税事業者に対し、課税事業者になるよう要請すること」について、以下のような説明を公表しています。

「課税事業者にならなければ、取引価格を引き下げるとか、それにも応じなければ取引を打ち切ることにするなどと一方的に通告することは、独占禁止法上又は下請法上、問題となるおそれがあります。」

※詳細は、以下のURLからご確認下さい。
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/invoice_qanda.html


この為、あまりに一方的に適格請求書発行事業者への登録を求められた場合には、「法律上、問題となる事がある」という事をにおわせることで、状況の改善が見込めるかもしれません。

ただし、このような交渉は非常に繊細なものですから、できる限り、相手の事情にも配慮した話し合いをされる事をお勧めします。


以上、このエントリの内容を参考にして頂き、皆さまがインボイス制度導入に関して必要となる交渉を成功される事を願っております。


※このエントリでは、詳しい税制上の説明は省いています。条件によって結論が変わるケースなどもありますので、具体的な行動を起こされる前には、税理士など専門家に相談するようにして下さい。