2023年3月から4月にかけて、多くの鉄道会社が運賃を引き上げました。
その運賃引き上げの多くで活用されているのが、「鉄道駅バリアフリー料金制度」という制度です。
この制度、簡単に言ってしまえば、「バリアフリー化の為の費用(の一部)を、利用者に負担して貰う」というもので、この制度を使うと、通常の運賃改定とは別に鉄道会社は運賃を引き上げる事が可能となります(通学定期券は負担の対象外となる事が原則)。
この制度は既に以下の鉄道会社が利用を届け出ており、かなりの利用者に影響があるものとなっています。
JR東日本、東京地下鉄、阪急電鉄、阪神電気鉄道、西武鉄道、小田急電鉄、神戸電鉄、京阪電気鉄道、大阪市高速電気軌道、山陽電気鉄道、JR西日本、横浜高速鉄道、西日本鉄道、東武鉄道、相模鉄道、JR東海
※2022年11月17日時点での届出状況。届出順。国土交通省のバリアフリー関連事業に関するページより(https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk6_000008.html)。
そして、この制度で整備される設備の対象にはエスカレーターが含まれているのですが、この点については、ちょっと誤解されている事も多いように思うのです。
ある方との会話を通じて、その点について紹介させて頂こうと思います。
相手「鉄道駅バリアフリー料金制度で、駅のバリアフリー化が更に進みそうですね。」
私「そうですね。利用者に料金を負担させる事への賛否はあるでしょうが、バリアフリー化は更に進む事になるでしょうね。」
相手「エスカレーターも増えそうですし、有り難いです。」
私「確かに有り難い面はあります。ただ、バリアフリー化の観点からは、あまりエスカレーターに投資が集中しない方が良いと思っています。
相手「お年寄りや体が不自由な方の中には、階段がつらい方も多いはずです。ですから、エスカレーターの導入が進む事は良い事なのでは?」
私「実は、そのような方には、エスカレーターは必ずしもお勧めできないのですよ。」
相手「鉄道駅バリアフリー制度で整備される対象には、エスカレーターも含まれていましたよね?」
私「確かに、鉄道駅バリアフリー制度では、エスカレーターの整備も可能になっていますね。」
相手「という事は、エスカレーターの導入はバリアフリー化の目的に合致しているという事なのでは?」
私「では、歩くのがかなり辛いお年寄りが、混んでいるエスカレーターを利用される光景を想像してみて下さい。」
相手「はい。」
私「エスカレーターに乗り込む時はともかく、降りる時はどうでしょうか。エスカレーターでは次々と人が降りてきます。エスカレーターを降りた後、その方がゆっくりとしか歩けない場合、何が起きるでしょうか。」
相手「後ろから降りてくる人に追突されてしまいますね。」
私「そうなのです。ですから、バリアフリー化の観点で考えると、エスカレーターがお勧めできる対象は限られているのです。」
相手「なるほど。」
私「そして、万一、前が詰まっている事によって、後ろから降りてきた人がエスカレーターから降りられないような状況が発生した場合には、大事故に繋がってしまう危険性すらあります。」
相手「利用者が詰めて並んでいた場合の事を考えると、ゾッとしますね。」
もうお解りだと思いますが、エスカレーターは、板が動く速度よりも早い速度で、人が降り場から立ち去ってくれる事を想定して作られています。
また、エスカレーターの乗り降り自体、身体能力に問題を抱えている人にとっては、少し危険な面があります。
ですから、エスカレーターは全ての人に利用をお勧めできる設備ではないのです。
しかし、エスカレーターの導入は、鉄道駅バリアフリー制度でも整備対象として明記されています。
鉄道駅バリアフリー制度を鉄道会社が利用する為の届出資料でも、設置・改良や更新の対象としてエスカレーターは明記されており、実際、エスカレーターを計画に含めて申請している鉄道会社も存在します。
では、エスカレーターは全くバリアフリー化に貢献しないのでしょうか。
それも少し違うように思います。
エスカレーターは、歩行能力が本当に弱っている人にはお勧め出来ませんが、「多少、歩くのが辛い」という人にはお勧めできるからです。
また、多少の荷物であれば、エレベーターを使わずにエスカレーターを選ぶ人が増える効果も期待出来ますので、その結果、併設されているエレベーターが空き、エレベーターを使うしかない利用者が、より利用しやすくなる効果が期待できます。
ですから、エスカレーターの導入に意味がない訳ではありません。
逆に言えば、エスカレーターのバリアフリー化への貢献は、その程度である、という理解はしておくべきなのです。
バリアフリー化に取り組まれる方々に、「エスカレーターさえ導入しておけば良い」という誤解が広まらない事を願っています。
※鉄道駅バリアフリー制度を鉄道会社が利用する為の届出資料では、エスカレーター以外では、ホームドア、エレベーター、スロープ、内方線付点状ブロック、段差隙間縮小に資する設備、バリアフリートイレ、車両のフリースペースなどが対象として明記されています。
※この記事は、エスカレーターの導入自体に反対している訳ではありません。上記の内容は、あくまで、「エスカレーターがバリアフリー化の万能薬ではない」という事を紹介しているのみです。