ずいぶん前の事ですが、ある米屋の店主から、
「日本人は米を食べなくなった」
と愚痴られました。
だから、「米が全然売れない」「この商売は、もう駄目だ」、とも。
普通なら聞き流す所なのですが、事情があり、その方とは、あちこち出かける予定がありました。
この為、ちょっと真剣に、この愚痴に付き合ってみる事にしました。
皆様は、「日本人が米を食べなくなったから、米は売れない」という、この米屋(お米を売っている店)の店主の発言、どう思われますか?
そして、今回は、少しだけ後半のネタを最初に明かします。
「『米』と『服の生地』は同じ」
この意味、皆様はお解りになりますか?
落語なら、「その心は?」と聞く所かもしれませんね。
もちろん、この記事を最後まで読んで頂ければ、種明かしはさせて頂きます。
その前に、この米屋の店主との数日間に及ぶ会話について、少しお付き合い下さい。
先ほどのやり取りがあった後、まず、この店主を家電売り場に連れて行く事にしました。
米でパンを作る、というアレを売っている売り場です。発売当初の勢いはなくなっていましたが、それでも、それなりには売れているようでした。
「お米を使う調理、人気あるみたいですよ。」
こう話すと、店主から、こう返ってきました。
「どうせ、米を使うイマドキの料理を考えれば、今でも米は売れるっていう話だろ?」
私は何も言っていませんが、店主の話は続きます。
「業界の外の人が、俺たちにお説教しそうな事だよ。俺だって、これが流行ってるのは知ってたよ。確かに良く考えたと思う。」
さらに店主の話は続きます。
「でもな、こんなモノでは大した米の量は使わん。おまけに、一時のブームだよ。」
予想はしてましたが、一筋縄ではいかなそうです。
「少しでも米が売れて良いことだ」くらいは言ってくれるかと思ったのですが、そんなに甘くないようです。
しかし、彼の意見にも一理はあるのでしょう。
彼の「日本人は米を食べなくなった」という発言の「米」は、材料としての「米」ではなく、「ご飯」のかたちをしていないとダメなのでしょう。
次に、この店主を、ランチ時間のコンビニに連れて行きました。
私には見慣れた光景ですが、おむすびコーナーでは凄い勢いで商品がなくなっていきます。
「おむすび、良く売れていますね」
日頃、ランチ時間にコンビニに寄らない彼にとっては、驚くべき光景であったようです。
しかし、こう返ってきました。
「まぁ、すぐ食べられて便利だからな。コンビニを愛用するような忙しい人には、おむすびは便利なんだろう。でも、こんなのは食事じゃない。」
おむすびは昔から日本にある典型的な米食の一形態だと思うのですが、どうも、素直に認めたくないようです。
さらに、この店主を、ある市場の飲食街に連れて行きました。
海鮮丼を出す店に、長い列が出来ています。
私が以前に来た時よりも外国人が増えていました。しかし、期待通り、若い日本人も多く並んでいます。聞くと、1時間以上待つそうです。
「どんぶりの為に、並んでますよ。若者が一時間以上ですよ。米を食べる為に、ですよ。」
しかし、こう返ってきました。
「いや、海鮮を食べたいに違いない。米はおまけに違いない。」
いい加減、私も疲れてきました。もう意地で言ってるのではないか、と思い始めてきました。
1時間以上並ぶのはスケジュール的に厳しかったので、その店で食べるのは諦めました。
そして、その代わりに、最後のつもりで、近くの洋食店に入りました。
典型的な洋食メニューです。メニューには、ハンバーグやフライなどがあります。
そして、幸い、「ご飯」か「パン」かを選べる店でした。
期待して周りをみていると、ほとんどの客が、選べるにも関わらず、「ご飯」を選んでくれていました。
こちらも少し意地になってきました。
「選べるのに、パン、人気ないですね。」
さすがに、店主も少しだけ折れてくれました。
「若者も米食べるんだな…」
どうも、この店主、本当に、最近の日本人は米を食べなくなったと思い込んでいたようです。
さて、ここまでは、雑談の続きのような話です。お付き合い頂き、有り難うございました。
誤解がないように、少しだけ事実関係の確認です。
まず、書くまでもない事だとは思いますが、「日本人が米を食べない」というのは、米が売れなくて困っている米屋の店主の思い込みです。日本人は、今でも米を食べます。
一人あたり一ヶ月約4.6kg(平成29年度の精米消費量、農林水産省の資料より)。そして、このデータ時点から過去5年程度の数字を確認する限り、消費量の大幅な減少傾向も見て取れません。
ただし、「昔と同じように、米を食べるのか?」と聞かれれば、それも違います。自宅で食べる米食の頻度が落ちているのは間違いないでしょう。
以前とは違い、日本の家庭では、パンやパスタなどの主食も一般的になっています。米が「主食の一つ」になってしまった事は確かでしょう。
また、米の特性(調理に時間がかかる、常温で保存しにくい)や少子化など、様々な要因が消費量の減少には影響していると思われます。
そもそも、朝食を食べなくなった人も増えたと思いますし、主食の消費量が減る要因は他にも色々とありそうです。
さて、話を戻します。
ここまで、店主に付き合った(付き合って頂いた?)流れもあったので、食事が終わるまでの少しの時間だけ、真面目に「米屋の今後」についての話をする事にしました。
ここまで、「日本人は今でも米を食べる」という主張にこだわってきた私ですが、「この米屋の、米の販売量が今後伸びていくと思うか?」と聞かれれば、もちろん、楽観的な回答は出来ません。
考え方を変える必要はあるでしょう。
しかし、それを延々と話す時間はありません。
少し悩んで、この店主には、こう話す事にしました。
「今の日本人にとって、米は生地と同じなんですよ。それを前提として、今後の商売を考えてみてはいかがですか?」
皆様は、この意味、お解りですか?
なお、生地というのは、服の生地(服地)の事です。
次回の開催が決まっている勉強会や講演会であれば、答えの発表を次回まで引き延ばしたい所ですが、ここはブログです。早速、答えの発表といきましょう。
昔は、デパートに行っても、服地が大々的に売られていたそうです。そして、客はそれを買って、服に仕立てたのだそうです。まだ数十年前の話ですよ。
しかし、今、服地を売っている店は、探す方が難しいと思います。趣味用にあるほかは、本当のプロが行くような専門店くらいでしょう。
では、
「服地が世の中から無くなったか?」
「服地を扱う商売は無くなったか?」
もちろん、そんな事はありません。
服地こそ売っていないものの、それを使った商品である服(既製服)は、今でもデパートで売っています。街には、服を売る店が多数あります。
無くなったとすれば、「服地を消費者に売るお店」の数くらいではないでしょうか。
もうお解りですね。
確かに、日本人は米を食べなくなりました。恐らく、米の消費量が急激に増える事もないでしょう。
しかし、だからといって、「米が全く売れない」「米を買う人がいなくなった」と考えるのは間違いです。
以前より商売は厳しいかもしれません。住宅地にあるお店が、近くに住んでいる消費者が来るのを待っているだけで生き残っていける時代は終わってしまった可能性はあります。
しかし、生き残る道はあるでしょう。そして、その道を探す大前提は、現状を正しく理解する事です。
もし、皆様が、この米屋の店主の立場なら、この現状を踏まえて、どんな商売に変えていこうと思われますでしょうか。
少なくとも、この店主のように、「日本人は米を食べないから、もう、この商売は駄目だね」、などとは安易に言わないで頂きたいな、とは思います。