今日は、
「日本企業でリスキリング(学び直し)制度の導入が進まないのには、歴史的な理由(背景)がある」
という話について。
先日、ある大手企業の従業員の方から、
「なぜ、日本企業でリスキリング制度の導入が進まないのか?」
という相談を受けました。
その方は新聞などを良く読まれている方で、海外の大手企業でリスキリング制度の導入が進んでいる事を知っておられました。
そして、日本企業でリスキリング制度の導入が進まない状況にお怒りのようでした。
確かに、新聞などでは、「リスキリング制度の導入が大事」などと取り上げられており、従業員の立場では、「日本企業もリスキリング制度を導入すべき(するのは当たり前)」と思ってしまうのかもしれません。
しかし、昔から日本企業の経営を見ている立場としては、「日本企業で真剣にリスキリング制度を取り入れる所は、なかなか現れないだろうなぁ」と思ったりもしています。
その理由(日本企業がリスキリング制度の導入に前向きではない理由)、お解りになりますか?
ご自身のキャリアアップに関心のある方はもちろん、リスキリング制度の導入を検討されている企業の担当者の方にも、ぜひ、最後までお読み頂きたいと思います。
さて、日本企業でリスキリングの導入が進まない理由を説明する前に、少しだけ、リスキリングという概念について解説しておきましょう。
リスキリング(reskilling)とは、「企業が従業員を再教育し、これから必要となる仕事上のスキルを習得させること」です。
日本語では、「学び直し」などと説明される事が多くあります。
ちなみに、似たような単語に「リカレント教育」というものがありますが、こちらは、「仕事を離れて教育機関で学び直すこと」を原則としていますので、少し意味合いの違う用語となります。
リスキリングの海外の事例としては、
「amazon(アメリカ)では、倉庫作業員がリスキリング制度を活用してソフトウェア開発に関連するスキルを習得し、クラウドサービス部門に配置換えとなった(給与も大幅アップ)。」
といった事例が報道されています。
さて、ここまでの説明を読まれて、皆さまはどのようにお感じになったでしょうか。
これまで、様々な方とお話させて頂いた経験から申し上げると、
「今の時代だからこそ、そういう事が必要になるんですね。」
という反応をされる方と、
「別に新しい話ではないのでは。昔からスキル向上の為の社内研修制度ってありますよね?」
という反応をされる方に分かれます。
ちなみに、「実際に、自分がリスキリングの対象者になったら、どうですか?」という質問をさせて頂いた場合も、
「それは有り難い。ぜひ、利用してスキルアップを目指したい。」
という方と、
「面倒だな。今さら勉強なんてしたくないよ。」
という方に分かれるように思います。
良く聞いてみると、「リスキリング」という用語から想像する分野や教育カリキュラムのイメージには、かなり差があるようです。
ある所では、以下のような会話に遭遇した事もあります。
社員A「リスキリングって言ってもさ、今でも社内研修が山のようにあるじゃない?」
社員B「いやいや。うちのは、業務直結型の研修ばかりだから。あれ受けても、別に自分の価値上がらないから。」
社員A「確かに。真面目に研修受けても、業界内の転職ですら効果ないかも。」
確かに、このように従業員に受け取られてしまうような研修では、リスキリング制度とは呼べないでしょうね。
もっとも、リスキリングに正式な定義はありませんので、その企業が、社内研修制度を「リスキリングだ」と言い張れば、通ってしまう可能性は十分にあるのですが。
ただし、ここでは、「従来とは違う制度としてのリスキリング」について取り上げたいと思いますので、リスキリングに該当するかどうかの判断として、「教育を受けた後、その人の給与が大幅に上がるかどうか」を基準にしてみたいと思います。
そう考えると、現在、そのような社内研修制度のある企業は、かなり少ないように思います。
では、日本企業には、「社員の給与水準が一気に上がるような研修」は過去もなかったのでしょうか。
実は、あったのです。
その代表格が、「MBA留学」という制度でした。
多くの大手企業が、「従業員を海外の大学院で学ばせ、MBA(経営学修士)を取得させる」という制度を作っていました。
しかし、現在、この制度を残している会社は大幅に減少しました。
それは何故か。
実は、「MBAを取った社員の多くは、日本に帰ってきた後、すぐに他社に転職してしまう」という事例が多かったからなのです。
会社からすれば、自社の将来の為になると思って、その社員を仕事から外してまで研修に行かせたのに、研修後には辞めてしまう。
これでは、会社としてはやってられません。
このような失敗の過去があるので、日本企業は社員が転職しやすくなるようなスキルアップに繋がる研修には慎重になっている面があります。
なお、多くの会社では、MBAを取得した後すぐの転職の場合には、個人に違約金が発生する仕組みになっていました。
しかし、それでも辞める(違約金を払ってでも辞める)社員が続出した事は、書き添えておきます。
そして、この辺りの事情まで理解して頂くと、「リスキリング研修を導入しても問題ない会社(導入しても損をしない会社)の条件」についても、見えてくるのではないでしょうか。
先に取り上げたamazonの場合には、リスキリング研修を受けた後、そのスキルアップした能力をそのまま活かせる職場が社内にあります。
そして、その職場では、従来よりも大幅に高い給与を受け取る事が出来る。
従業員からすると、社外に転職する必要は特にないでしょう。
会社としても、その部門で働いてくれるのであれば、高い給与を出しても問題ないはずです。外部から採用した場合でも、それなりのコストがかかりますからね。
※もっとも、外部から採用した方が優秀な人材が安く採用出来るのではないか?という意見もあるそうで、amazonのリスキリング教育は、外部からのイメージを良くする為にやっているだけなのではないか、という指摘をしている人もいるそうです。
もうお解りですね。
結局、会社がリスキリング研修の導入に積極的になる為には、
・従業員にリスキリング研修を受けさせた後、そのスキルアップした従業員の活用先が社内にあり、また、給与を大幅に上げる事も出来る。
・社外から採用するよりも、今いる従業員にリスキリング研修を受けさせた方が得になる可能性が高い。具体的には「研修コストが採用コストなどを下回る」や「社風への理解や従業員の定着率の観点から、従業員を再教育する方にメリットがある」など。
・「リスキリング教育に熱心である」というアピールを外部にする事が、自社の事業運営上プラスに働く(優秀な人材の採用に繋がる、など)。
といった状況(前提)が必要になる訳です。
そして、このような前提が満たせない日本企業が多い為、日本ではリスキリング制度の導入が進まないと考えられる訳です。
ただ、従業員の側でも、リスキリング制度を心から望んでいる割合は、意外と少ないのかもしれません。
理屈では、「リスキリング制度が大事」である事は間違いないと思いますが、急速な普及はなかなか難しそうです。