ビジネスコンサルティングの現場から

各種ビジネス・コンサルティングに携わる担当者が、日頃、「考えている事」や「気が付いた事」を不定期に発信します。

東京都緊急事態措置(案)が解りづらかった理由を経営視点で考える

東京都緊急事態措置(案) ルール・ベース プリンシプル・ベース

緊急事態宣言がついに出ましたね。

そして、その数日前に、東京都が「東京都緊急事態措置(案)」を発表しました。

マスコミでも各種報道されましたので、詳細は省きますが、この東京都緊急事態措置(案)、事業者の間では、かなり不評でした。

休業要請されるから、というのもあるのですが、それ以上に、

自社(自店舗)が対象になるのかどうか解りづらい!

という声が多かったのです。

私は、これを見たり聞いたりしていて、「法律や会計・金融における制度設計の基本」を連想しました。

と書くと、多くの方にとっては、意味不明だと思います。

しかし、今回の東京都緊急事態措置(案)が解りづらかった理由の一つに、「制度設計における基本が守られていなかった」という点があるはずなのです。

そこで、今日は、

なぜ、東京都緊急事態措置(案)は解りづらかったのか

東京都緊急事態措置(案)を解りやすくする為には、どうすれば良かったのか

という点を、こうした経営に関係する視点から解説してみたいと思います。

※東京都から対象業種に関する追加資料が発表されましたので、末尾にリンクを追記しました。(2020/4/15)


まず、東京都緊急事態措置(案)について、多くの方が目にしたマスコミの報道を引用してみましょう。

 <基本的に休止を要請する施設>
 大学や専修学校など教育施設、学習塾、体育館、ゴルフ練習場、スポーツクラブ、劇場、映画館、ライブハウス、展示場、博物館、図書館、百貨店、ショッピングモール、理髪店、質屋、キャバレー、ナイトクラブ、バー、個室ビデオ店、ネットカフェ、カラオケボックス、パチンコ店、ゲームセンターなど
(以下略)

※朝日新聞デジタル2020年4月7日 5時00分版「東京都が休止要請案 ショッピングモール・居酒屋・理髪店・塾… きょう緊急事態宣言」より

こういった報道(アナウンス)をみて、例えば、

理髪店は休業要請対象に入っているが、美容室はどうなんだ?

うちの店の業種は含まれていないが、休業しないといけないのか?

といった混乱が生まれた訳です。


そして、今回のアナウンスが解りづらかった理由。

結論から言ってしまえば、この業種の列挙が、

限定列挙なのか、例示列挙なのかが明示されていなかった

という事になります。

そして、同じ事を少し違う視点から書くと、

ルール・ベースなのか、プリンシプル・ベースなのかが明示されていなかった

という事でもあります。


それぞれ、解説していきたいと思います。

まず、「限定列挙」というのは、「書かれている一覧が全てで、それ以外は該当しない」という考え方です。

今回の休業対象が「限定列挙」であったのであれば、「理髪店」は休業対象ですが、「美容室」は書かれていないので休業対象とはなりません。

次に、「例示列挙」というのは、「書かれている一覧は、あくまで例示に過ぎないので、書かれていないものでも対象になりうる」という考え方です。

この場合、「美容室」は書かれていいませんが、「理髪店」が休業になるのであれば、「美容室」も同様に休業になる可能性がある、と考える事ができます。

ただし、この例示列挙の場合、なぜ、「理髪店が休業対象になるのか」という「考え方」が示されていないと、読み手は困ってしまいます。

理髪店が休業対象となる理由には、様々なものが考えられます。

・刃物(カミソリ)を皮膚にあてるから

・日常生活に必須ではないから

・狭い距離で置かれた椅子に客が並ぶ事になるから

などなど。

「どの理由に該当するから、理髪店が休業対象として例示されているのか」が解らないと、読み手は「美容室が休業対象になるのか」を判断する事が出来ません。

まず、この段階で、今回の「東京都緊急事態措置(案)」が解りづらかった理由はお解り頂けたと思います。

もし、今回の例示が「限定列挙である」と解っていれば、列挙されなかった業種の方は、「自分達は対象外である」と明確に解ったはずなのです。

そして、もし、限定列挙ではなく、例示列挙であった場合には、前述の通り、「その例示の背後にある考え方」が示されているべきです。


「ルール・ベース」と「プリンシプル・ベース」についても解説しましょう。

「ルール・ベース」というのは、判断に適用される基準が明確に示されている方式の事です。ルールを「規則」と訳す方もいらっしゃいます。先ほどの限定列挙に通ずる考え方です。

「プリンシプル・ベース」は、「考え方」だけを示し、事細かなルールは決めない方式の事です。プリンシプルを「規範」などと訳される方もいらっしゃいます。こちらは、先ほどの例示列挙に通じず考え方と言えるでしょう。

今回に当てはめれば、

「営業許可の種類で判断する。理髪店は休業対象だが、理髪店以外(の美容業)は休業対象外とする。」

となっていれば、ルール・ベースです。

この場合、理髪店に営業出来る可能性はありませんし、美容室は営業出来ます。当然、理髪店からは、美容室が営業を続けられる事について反発が出るでしょう。十分な説明が、別途求められます。

逆に、

「皮膚を痛めるプロセスが入る美容業は感染のリスクが高いので、休業対象とする。」

とあれば、プリンシプル・ベースである可能性が高いでしょう。

この場合、理髪店でもカミソリを使う業務を省略すれば営業出来るようになるかもしれませんし、美容室でも皮膚を痛める薬品を使用するのであれば、休業しないといけなくなるかもしれません。

美容室にも理髪店にも平等ですが、今度は、「何をどうすれば休業対象から外れるのか」が解りづらく、実効性に欠ける面が出てきます。


ここまで見てきたように、それぞれの方式には長所と短所があります。

ですから、「どちらの方式で案を作るべき」などという事は簡単には言えません。

しかし、今回の件に関して言えば、少なくとも、「どちらの考え方で、発表されたものなのか」という事だけは明確にして欲しかったと思います。

今回の発表が、「限定列挙」「ルール・ベース」なのであれば、単純に発表された内容を見て判断すれば誤解はありません。書かれていない業種は休業対象ではないと判断出来ました。

逆に、今回の発表が「例示列挙」「プリンシプル・ベース」なのであれば、「発表された業種だけでは判断できない」という事は皆が解ったでしょうし、その上で、「もう少し具体的に考え方を示して貰わないと判断できない」という声が挙がった事でしょう。

ぜひ、今回の混乱を教訓として、今後のガイドライン制定の際には、この点を押さえた発表をして頂きたいものです。


ただし、最後に一点。

実は、東京都自身がwebで公開している「東京都緊急事態措置(案)に関する資料」を見ると、かなり曖昧な内容しか書かれていません。

当方では発表の裏側が確認出来ていませんが、未だ良く決まっていない段階のものを、マスコミが質問して聞き出し、そして、断片的に報道していたのが実態だったのだとすれば、東京都を責めるのはお門違いなのかもしれません。

 

※東京都から追加資料が公表されました。対象業種が不明な場合には、こちらの資料が参考になると思います。