ビジネスコンサルティングの現場から

各種ビジネス・コンサルティングに携わる担当者が、日頃、「考えている事」や「気が付いた事」を不定期に発信します。

講演会で自社についての質問に答えられない社長は経営者失格か

質問に答えられない社長

今日は、経営者が満たすべき「周りからの期待」についての小話です。

特に、今日は、学生の経営者についてのイメージとのギャップについて。

経営者は、どこまで『経営者らしく』あるべきか

といった点について関心のある方は、面白く読んで頂けると思います。


随分前の事になりますが、大学生が多く参加する講演会を聞く機会がありました。

講演会は、「現役の経営者(企業トップ)を招いて話をして貰う」という趣旨でした。

そして、経営者による講演の後には、質疑応答のセッションが用意されていました。

そこで、客席側で聞いていた私も少し考えさせられる、ちょっとした「事件」がありました。


何があったかと言うと、

自分が経営している会社についての学生からの質問に、その経営者が十分に応えられなかった

のです。

その講演者は、かなりの大企業のトップでした。

ここで、具体的な社名は出しませんが、大学生の就職先としても十分に検討されるはずの会社です。

前半の講演は、その企業の紹介(経営の方向性)に関するものでした。

学生達は、講演を興味深く聞き、そして、後半の質疑応答において、自分が知っている情報をもとに、様々な質問が出ました。

私が聞いていても、「良く勉強しているな」と思えるようなものもありましたが、所詮、学生が少し勉強した程度で出来る質問です。

私の感覚では、その会社のホームページで紹介されている内容や、その会社に関する新聞や雑誌での報道がもとになっているレベルのものでした。

しかし、その経営者は、その質問のもとになっている「情報」、すなわち、自社の事業内容や、自社の報道内容すら理解していないような回答が目立ちました。

当然、学生側には、それが伝わります。

学生が動揺しているのが、客席側にいた私には良く解りました。

大学生の

「この人は、本当に○○社の社長なのか?」

「こんな人が経営している○○社は大丈夫なのか?」

という声が聞こえてきそうな雰囲気でした。

面白いことに、どうも、その経営者には、その学生の動揺は伝わっていないようでした。

一昔前に流行った言葉でいえば、「鈍感力」に優れている人だったのかもしれません。もっとも、この点は、ここでは置いておきましょう。


話を戻します。

学生側の不思議に思う気持ちは良く分かりました。

私も学生の頃であれば、「学生が当たり前に知っているような会社の内容を、『その会社のトップが知らない』などという事がある訳がない」と思ったことでしょう。

しかし、様々な会社の経営の内情を知った身としては、そんな風に単純には思えませんでした。

むしろ、「○○社の社長であれば、ありえるかもな」と思ったのを覚えています。

皆さまは、ここまで読まれて、どのようにお感じでしょうか。

やはり、大学生にように、「社長が自社の基本的な事について知らない」という事は、「あり得ない」と思われますか?

それとも、「別に社長でも知らない事があって構わない」と思われたでしょうか。


実は、日本の従来型の企業の社長というのは、全社の隅々までは把握出来ていないケースが少なくないように思います。

役員会で扱うような大きな数字や人事については、勿論、理解しているでしょう。

しかし、現場レベルでの様々な施策などについては、自分の出身母体の組織以外については、他の担当役員に任せっきり、というケースもあります。

そして、会議で議論が起こらないような内容については、情報に触れる機会すらないケースすらあります。

ちなみに、こういったケースには二種類あって、一つは、資料や自分に届くメールにはしっかり情報が含まれているのですが、その量が膨大で、社長が十分に頭に入れられていないケース。

もう一つは、役員会で扱わないといけないような重要情報以外の細かい情報は、そもそも、役員全員にはまわってこないケース。

それでも、勉強熱心な社長の場合には、キチンと自社の事を勉強していますし(学生で解る情報ですから、自分で勉強しようと思えば勉強出来るのは当然です)、情報が自分のところに来るような仕組みを作ったりします。

しかし、そういった事をやらないと、日々の社長業が出来ないか、というと、実はそんな事はない会社が少なくありません。

会社によっては、社長が現場の施策に殆ど関わらないケースすらあります。

それでも、業績がしっかり上がっていれば、名経営者として評価されますし、社内からも文句は言われません。

むしろ、「細かい事に口を出さない良い経営者」と言われるケースすらあります。

もちろん、それでは駄目な部分があるのですが、それについて述べるのは別の機会にしましょう。


恐らく、講演会に出てきた社長は、そういった経営者だったのでしょう。

日頃は何の問題もなかったのでしょうし、必要であれば、社長室のような部門のスタッフが同席して、代わりに対応すれば良いだけのはずです。

問題は、「これが学生向けの講演会だった」という事ですね。

学生は遠慮を知りません。その経営者に嫌われる事も恐れません。

これは、その経営者が日頃相手にしている相手とは違ったのでしょう。

同時に、これが重要な講演会であれば、何を聞かれても良いように、会社として準備をして、何でも回答出来るスタッフを同席させたでしょう。

しかし、どうも、その講演会には同席していませんでした。学生主体という事で、軽く見ていたのでしょう。


繰り返しますが、日本の大企業の社長が、現場の細かい事を知らない事はあり得ますし、それが必ずしも問題だとは言えないように思います。

ただし、この会社は「大きな失敗をしてしまったのではないかな」と思ったのを覚えています。

それは、違った意味で、「学生を甘くみていた」のではないか、という事です。

その講演会の後、数年間、私は注意深く、学生の就職希望ランキングを見ていました。

そして、その会社は、そのランキングにおいて、順位を下げ続けました。

もちろん、あの講演会だけが原因ではないでしょう。

しかし、少なくとも、あの講演会において、あの会社は、学生に十分な対応は出来ていませんでした。

恐らく、それと同じことが、「他の学生との接点においてもあったのではないか」と思ったのです。

もしくは、学生に、「現場と経営陣との距離が遠い会社だ」という事を見抜かれ、そういった会社を学生が嫌ったのかもしれません。

色々な事を考えさせられる一件でした。