ビジネスコンサルティングの現場から

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事業成長担保権は銀行と企業の関係を変えるかもしれない

事業成長担保権

事業成長担保権という新しい制度についての検討が進んでいます。

この制度、名前からもお解り頂ける通り、抵当権(担保)についての制度なのですが、金融庁が深く関与して検討が進んでおり、遠くない時期に導入される事になりそうです。

しかし、この事業成長担保権、なかなか曲者で、本格的に導入されると、銀行と企業の関係を変える事に繋がっていく可能性すらあるように思われます。

そこで、今日は、この事業成長担保権についてご紹介させて頂こうと思います。


事業成長担保権とは、「会社の事業そのものに対して、抵当権(担保)を設定する」という考え方です。

抵当権(担保)というのは、通常、貸したお金が返ってこなかった場合に備え、お金を貸している側が、お金を借りている側の資産に対して設定しておくものです。

そして、いざ、お金を借りている側がお金を返せなくなると、お金を貸していた側が、その担保を処分する事で、貸したお金の一部または全部を回収できる仕組みです。

一般的なのは、不動産の担保です。

例えば、銀行からお金を借りて住宅を購入する場合には、買った不動産を担保に入れます。

そうすると、借りたお金が返せなくなった場合には、銀行は、その住宅を処分する事で、貸した金を回収できる訳です。

そして、この担保という制度は、企業がお金を借りる際にも、良く利用されています。

本来、担保を取らずにお金を貸して貰えれば良いのですが、一般的な銀行は、なかなか担保無しでは大きな金額を融資してくれません。

この為、多くの企業は不動産などの資産を担保に入れて融資を受けています。

しかし、担保に入れやすい資産を持っていない企業も多く、そういった企業が資金調達で苦労する事もあるのです。

この為、「担保に出せる資産を持っていない企業でも、その企業の価値自体を担保とする事で、お金を借りられるようにする」という事で検討が進んでいるのが、この事業成長担保権なのです。


このように説明すると、事業成長担保権というのは、素晴らしい仕組みのように思われるかもしれません。

しかし、この事業成長担保権には様々な問題があるのです。

まず、この事業成長担保権には、他の担保と異なり、「売却が難しい」という特徴があります。

例えば、担保の代表格である不動産であれば、その不動産を買って活用したいと思っている人は多くいます(もちろん、その不動産の所在地などにもよりますが)。

この為、担保にとった不動産を売る事になった場合、簡単に買い手を見つける事が出来ます。

だからこそ、貸したお金を回収する為の手段として活用できる訳です。

しかし、企業の売却の場合、同じようにはいきません。

不動産であれば、買った後は自分の好きなように活用してお金儲けに使う事も出来ますが、事業の場合、そんなに簡単にはお金儲けに使えないからです。

事業の場合、買った後も、かなり努力をしないと事業を継続していく事は難しいですし、今は稼いでいる事業であっても、数年後は収益状態が大幅に悪化するかもしれません。

ですから、そんなに簡単に企業を買う人は現れません。

この為、事業成長担保権というのは、「お金を回収する為の仕組み」としては活用するのが難しい面があるのです。


担保として受け取った事業成長担保権を実際にお金に換える場合には、2つの方法が考えられます。

一つ目は、「自分でその企業を運営して、その企業の事業運営によって得られる収益を得る」という方法。

しかし、この場合、その企業を運営する能力が問われますし、収益を得るのに時間もかかります。

そもそも、その企業の業績が悪化すれば、お金の回収どころではなくなります。

ですから、あまり確実な方法とは言えません。

もう一つは、「その企業を第三者に売却する事で、お金に換える」という方法。

こちらは、売却が出来た段階でお金を回収する事が出来ますので、比較的、不動産の処分などに近いイメージではあります。

ただし、前述の通り、その企業を欲しがる買い手がいなければ売却は出来ませんし、そもそも、企業の価値は解りづらいものです。

企業の価値は時間と共に大幅に変動すると考えられている事から、担保設定時に期待していた金額で売却できるとも限りません。

いざ、売却しようとした時に買い手がいなかった場合には、結局、一つ目の方法での資金回収を目指すしかなくなる可能性もあるのです。

ですから、結局、「お金が返ってこなくなった場合には、その企業の事業に深く関与していく事になるかもしれない」という覚悟がないと、貸し手にとって、なかなか事業成長担保権を担保として認める事は難しい、という事になってしまうのです。

※そもそも、事業成長担保権の利用には制限(貸出先と深い関係を築いている貸し手以外には設定できない、等)が設けられる可能性もあるようです。


では、今、銀行に、融資先の事業に深く関与し、貸したお金を回収する能力はあるのでしょうか。

残念ながら、かなり厳しいと言わざるを得ません。

※日本の金融機関は、これまで、一般的な事業を行う事が厳しく制限されてきた為、仕方がない面はあります(最近は、大幅に緩和されました)。

そもそも、金融機関からすれば、事業成長担保権を担保にしてお金を貸せるくらいであれば、それは、その企業に対して、相当な価値を認めているという事であり、そのような企業に対してであれば、担保にこだわる必要すらないケースも多いはずです。

このような事情を踏まえると、この事業成長担保権という仕組みは、残念ながら、導入されても、あまり活用されない可能性が高いようにも思えてくるのです。


とはいえ、今、銀行は稼げる事業が減っている状況にあります。

この為、事業成長担保権を活用し、融資先との関係を抜本的に見直そうと考える銀行が出てくる可能性もあるようには思います。

すなわち、いざ、お金が返せなくなったら、自分達が事業を引き継ぐ、という覚悟で、日頃から貸出先との関係を築こうとする銀行が生まれてくるかもしれません(借り手企業がそれを望んでいるかどうかは別として)。

もし、そのような動きが活発化した場合には、日本の銀行と企業の関係も大きく変わっていく事になるのでしょう。

事業成長担保権がどのような制度として導入される事になるのか、また、事業成長担保権が日本で普及するのかどうか、見守りたいと思います。