皆さまは、
「報酬を賞与や退職金として貰うメリットが、どんどん小さくなっている」
という話をご存じでしょうか。
実は、令和3年度の税制改正内容を確認していた所、
「退職金の税金優遇が、(一般の)従業員についても、一部なくなる」
という項目(退職所得課税の適正化)がありました。
以前からの流れを知っている者としては、
「ついに、ここまで後払い報酬のメリット縮小が拡大してきたか…」
と、思う点でした。
ですので、今日は、「後払い報酬のメリットが、どんどん縮小してきている」というお話を簡単に。
なお、今回の税制改正は、ほとんどの方にとっては、現実の税金アップには繋がりませんので、ご安心下さい。ただ、報酬を「後払いする」という考え方が更になくなる「きっかけ」にはなるかもしれません。
最近、社会人になった方にとっては、あまりピンと来ないかもしれませんが、従来、自分が働いた対価としての報酬の多くの部分を「賞与(年に2回程度貰えるお金)」や「退職金(退職時に貰えるお金)」として受け取る事は当たり前でした。
これは、日本的雇用制度とも密接に関係した仕組みであると言われてきました。
そして、このような仕組みを後押しする制度、すなわち、「後払いで報酬を貰った方が、従業員にとってもプラス」になるような仕組みが、税制面や社会保険の面でも用意されていたのです。
具体的には、
・退職金についての「税金が大幅に安くなる仕組み」
・賞与についての「社会保険料が天引きされない仕組み」
があり、月給の一部を後払いで貰うメリットが従業員側にもあったのです。
しかし、こうした「後払い報酬のメリット」は、年々、減らされてきました。
まず、社会保険についてです。
30代くらいまでの方はご存じないと思いますが、以前は、「賞与からの社会保険料の天引き」はありませんでした。
この為、「月給で貰うと大幅に社会保険料が取られるのに、賞与で貰うと社会保険料は引かれずに受け取れる」という仕組みがあったのです。
ですから、賞与として貰う事で、社会保険料を抑えようとする動きがありました。
しかし、2003年に賞与からも月給と同じ水準で社会保険料が天引きされる事になりました。
この変更により、給与を賞与として貰うメリットはなくなったと言えます。
※厳密には、その前段階として1995年から2003年までの間、1%の特別保険料のみが天引きされる時期がありました。
また、退職金についても、税制の優遇は縮小されてきました。
退職金は、「長期間にわたる勤務の対価の一括後払いという性格を有するため、その課税に当たっては、累進税率の適用を緩和し、税負担の平準化を図る」という考え方から、一定の額を控除した後に、「更に、2分の1」をした金額に対して税金がかかる制度になっていました。
要するに、本来、大きな金額を一度に受け取ると税金が高くなるが、退職金については、毎年の報酬を後払いしているだけという面がある。だから、金額が大きくても、税金はあまり取らないでおいてあげる、という事ですね(日本の所得税は、一時に稼ぐ金額が大きいと、税率も高くなる仕組みです)。
そして、この仕組みを活用して、報酬の一部を退職金にまわす事で、税金を抑える事が可能です。
※退職金についての考え方は、財務省広報誌 ファイナンス 令和3年2月号より。
しかし、この退職金の税制面での優遇も、徐々になくなって来ています。
まず、法人役員等に支払われる短期退職金(5年以下勤続による退職金)については、平成24年度の税制改正で「金額を1/2にする」という優遇が廃止されました。
そして、今回の令和3年度の税制改正において、一般の従業員向けの短期退職金についても、「金額を1/2にする」という計算が廃止される予定となりました(ただし、300万円超の部分のみ)。
更に、税制改正大綱には「勤続期間が20年を超えると一年あたりの控除額が増加する仕組みが転職などの増加に対応していないといった指摘がある」と明記されるようになり、長期勤務による退職金についての控除額も、今後、見直しがされる可能性が高いのではないかと言われています。
要するに、賞与も退職金も、「後払いで貰うメリットは、なくなる方向で制度が変わってきている」という事になるのです。
なお、制度とは違う観点からですが、「低金利」も、報酬を後払いするメリットを減らす方向に働いていると言えます。
以前は、「従業員に渡すべき報酬の一部を企業が預かり、従業員の代わりに運用する」というメリットも大きかったと言えます。
すなわち、「後払いにする代わりに、多めに払う」という考え方があり、従業員にとってもメリットがあった訳です。
しかし、現在のような低金利時代では、後払いにしたところで、給付を増やす事は厳しい状況です。
ですから、この考え方での制度設計も破綻しつつあります(この点については、企業独自の年金制度の存続なども関係します)。
では、今後、後払いの報酬はどのようになっていくのでしょうか。
もともと、「後払い」には、「貰う時には、支払者の体力がなくなっていて、貰えなくなる」というリスクがつきまといます(会社が倒産してしまい、退職金が貰えなくなる、など)。
それでも、「後払いの方がメリットがあるから」という事で、日本全体で、後払いを活用してきた面があるのですが、ここまで説明してきた通り、そのような考え方は、そろそろ見直す時期に来ているようにも思います。
その一方、「賞与や退職金の存在を前提としてお金を使う」という感覚が「報酬を貰う側」に残っていると、「いざ、賞与や退職金がなくなると、生活が破綻してしまう」という人も出て来てしまうかもしれません。
もちろん、「昔の報酬制度を前提として働いてきた世代」と「最近の世代」との間の「世代間ギャップ」という問題もあるでしょう。
「後払いのメリットがなくなる」という事を聞かれた方は、「では、後払いを止めれば良いのでは?」と単純に思われる方も多いかもしれません。
しかし、このような問題に対応しつつ、今の世の中にあった制度に切り替えていくのは、意外と難しい話になるのかもしれません。